愛知 2011年04月08日(金)

チーム三河より報告っ!

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4月1日に三河でミーティングを開催!
個人で動いている人達を集めて情報、物資、車、支援金などを共有!
いわき市を支援していくチームを結成!
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結成から一発目チーム三河から!
報告です!
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ワンダワンダワンダワンダフルイブニ〜ング。
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4/3〜4/6の被災地に入った際(東京→いわき市→郡山市→福島市)の報告です。
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〜準備報告〜
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今回は地震に津波、原発の風評被害から最も復興に時間がかかると予想されるエリア福島県のいわき市の四倉高校の炊き出し、津波で街が流された久ノ浜の視察&ボランティア、福島市のシュレッダーという横乗り系のイベントを通して福島を元気にして行こうとするお店(中継的なポジションで、現地情報をキャッチして直ぐさま小回りで必要なところに必要な物を頂けるとのこと)に物資のお届けをしてきました。
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皆様からお預かりした気持ち、支援金、物資、情報を無事に笑顔と復興の手助けに変えることが出来たと思います。
ありがとうございます!!!
トラック3泊4日、本能のまま動いてたら、睡眠時間は3日で5時間でした。。。
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実際に現地に行き、思ってた以上の光景に唖然としたり、避難所の方に逆に勇気を貰ったり、単発の炊き出しや物資での応援だけで終わるだけではいけない。
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僕らに出来ることは多くある。と、強く思いました。
今後もいわき市の長期的な復興に関わっていきますので、どうかご支援、ご協力の程宜しくお願いします。
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今回のかかった費用
高速料金&ガソリン費、69983円。
炊き出し材料&レンタル費、50559円。
メンバー5人実費分、10000円。
(一人当たり風呂500円。ご飯代1500円。)
合計、130542円。
は、支援金にて補わさせて頂きます。宜しくお願いします。
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出発日前の事前準備
現地の情報集め。恵一、だいちゃん、四倉支所の菊池さんありがとうございます。
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ドリームネットませぎさん通じてチャリティーイベントスタッフ2回行った。
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トラックの手配。だいちゃんありがとうございます。
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一緒に行く仲間集め。ニート最強(笑)
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四倉支所と相談により現地炊き出し場所と日時の決定。
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ガスコンロ&ガスボンベ手配=現地ガス会社。
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具材の買い出し=名古屋駅裏の安兵衛青果。(本当は現地にて調達して地産地消したかったが)
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炊飯器と鍋のレンタル=ダイキンレンタル。
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物資集まり具合の確認。
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4/3
9:00〜
チーム三河や、吉良町の皆様からお預かりした物資を岡崎のひかりにて2tトラック詰め込み&400食分の炊き出し具材のカット&レンタル屋&買い出し等の準備
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14:00〜
東京経由、いわき市に出発。
今回は、一緒に世界一周のたびに出る仲間の、マイケルとハッサンと僕の3人(今は皆ニートで時間にはゆとりあり。笑)での出発。
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東名を通って、東京に向かいましたが、土日のこの時間は混みました。東京まで8時間。。。
そして、資金不足&今回頂いている支援金の範囲で足りないことに気付き、ニートはお金がないため支援金の呼び掛けもしました。
支援して頂いた方、応援メッセージ頂けた方、協力ありがとうございます!
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22:00〜
東京にて、旅仲間に出逢う。
4時間後にいわき市に向かうが一緒に行かないかという無謀な振りに、YESと2人の勇者(ニート)が呼び掛けに応じてくれた。
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1人目は、料理ができちゃうニート、あき。あきは隣町の郡山市育ちの在住で、出来る事あるなら行くよ!と、二つ返事。(僕ら3人は料理が残念な感じなので、あきは料理長として大活躍!)
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2人目は、ミュージシャン件ニートの、いまっち。なんといわき市に5年間住んで居たそうで多くの知人が今回被災して今すぐ行きたくてうずうずしていたそうだ。
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ナイスなきっかけとなった様だ。ギター背負っての参戦をしてくれた!(避難所や四倉漁港にてプチライブ、リサイタルは最高だった)
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ひょんなことから、ニートが5人集まり、ニートファイブ結成。チーム三河のN5と名乗る様にしました(笑)
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4/4
0:30〜
ラーメン食べながら作戦会議。
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3:00〜
就寝
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〜現地前半〜
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4/4
4:00〜
埼玉県経由でいわき市へ出発。
あきの友達の家の経由で、準備&腹ごしらえ。
地震の爪痕の残る常盤自動車道をハイテンションに爆走。海沿いで朝日が綺麗で、雲一つ無い晴天に気合いが入った。
経由しながら移動で5時間。
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9:00〜
四倉高校にて。
四倉高校は、津波で家が流された久ノ浜の方や四倉で家が浸水してしまった方々が200人程避難されて居るこの地区では1番大きな避難所。事前に四倉支所の方と電話にて4/4昼と夜の2食を担当することになっていた。
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ガス会社からLPガスコンロ、ボンベを無償でお借りする。
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(今回初だそうだ。ラッキー!!!ありがとう、恵一。)
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四倉支所の方と簡単な打ち合わせと現地の案内をして貰った。
炊き出しは体育館の渡り廊下を借りることに。
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10:00〜
いざ炊き出し!
昼はカレーライス!!!
昼は外に出ている人も多いとの事で、150食を目処に作る。
材料や手順の説明をし料理長あきに託した。
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冷凍の肉を切って炒めて、ポリバケツいっぱいのカット済み具材(←カットしてないとなかりの人手と時間がかかる)をわさっと入れて、煮込んで、業務用のカレー粉(←溶けやすいのお薦め)入れてトロトロして完成。
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同時進行で、50合炊きのガス炊飯器×2を水加減を現地の熟練主婦に教えて貰いながらセット!
炊き出し開始約90分でほぼ完成&ドキドキしながら配膳開始。
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12:00〜
怒涛のおかわりラッシュ。
まだ全員に配りきる前にも関わらず、ニコニコ顔のお婆ちゃん弱冠75歳が近づいて来て、「今まで食べた中で1番美味しい。おかわり欲しいっぺ〜」をかわきりに、おかわりの列が出来てしまった!!!
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「美味しい!おかわり!」の怒涛のラッシュの終わった頃には、ご飯もカレーも空っぽ
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四倉高校現役高校生ボランティアのみんなも満足な量食べれなかったよな。美味しく出来すぎてすんません。
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ナイス料理長!!!
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僕らはだいちゃんから頂いた、カロリーメイトとグーピタを誰がどれを食べるかじゃんけんしてると、、、
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パンとミネラルウォーターの差し入れをあのおかわりお婆ちゃんが持って来てくれた。
今日賞味期限のパンがたくさんあって。。。ということで、話を聞くうちにパンは有難く頂くことにして、保存の利くミネラルウォーターは返却しました。
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13:00〜
片付けをしながら情報収集。
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被災直後に現地に神戸から24時間かけて来て、その後ずっとボランティアして住み着いて居る藤原さん率いるボランティア集団(主に現地の高校生)と一緒に久ノ浜に視察に行くことに決定!!!
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藤原さんの話では、個人のボランティアの動きとして、今はこういった炊き出しであったかい物を食べさせて上げるのが1番喜ばれる。
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これからは、復興までの第一段階の、瓦礫処理をしないととのこと。その時に大量の人手が必要になるとのこと。
出来れば泊まり込みでの長期作業が最高!!!
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という事で、早急に片付け済ませ、夜の炊き出しをあのおかわりお婆ちゃんに手伝って貰う約束をし、被害の特に酷い久ノ浜に向かった。
移動は車で15分。
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14:00〜
津波で街が流された久ノ浜へ。
高校生と一緒にテンションあげあげで向かったのだが。
唖然ーーーーー。
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大地震の後に、巨大津波が押し寄せ、街全体が火事になり、原発まで30キロ圏内というこのエリア。
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天災の力を思い知らされ、人間が小さいものだと感じ、全身のちょっと多めの毛が全部逆立ったようなモゾモゾを感じた。
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車が四台重なって車庫に突っ込んだり、津波で流された遺体が久ノ浜駅前に64体並んでいたらしい。
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今は、概ね車は撤去され、遺体もないが(もしかしたら、瓦礫の中にあるかもしれないが。)
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まるで戦後かのような焼け野原に瓦礫という、凄まじい光景でした。
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家々が基礎上からもぎ取られ。
電柱が倒れて折れて鉄筋むき出しのスケルトン電柱。
干からびたタコ達が道路などいたる所に。
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工場の屋根が溶け落ち。
火災で焼かれた100円玉。
防波堤は船が突っ込んだのか大きく欠けてました。
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家を無くされた方々が自分の家(があった場所)を整理していたり、記者がいて軽く取材受けたり、一週間前にきた時の写真と比べて車が何処かにいってしまった〜と嘆く夫婦
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ガイガーカウンター持って検査する専門家の方、全壊か半壊か地図にチェックしながら歩く消防の方に現地では会って話をした。
共通して話をしていたことは、力をかして欲しいということだった。
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どんなに手伝いたくても、今回は炊き出し準備のため4時には戻らないといけなく、力になれなかったのが悔しいが、今後、必ず力になりたいと思う。
複雑な想いを胸に、四倉高校に戻り、、、
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16:30〜
夜の炊き出し開始!
メニューは、豚汁&ライス&漬物。
夜は避難所の方はほとんど戻ってくるので、200食以上作らないと足りなくなるとのことで、炊飯器50合×2回では足りない。
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という事で、出かける前に頼んだおかわりお婆ちゃんは、100合のご飯をむちゃくちゃ美味しそうな状態で炊いておいて下さった。ありがとうございます!お陰様で久ノ浜視察の時間を取れました。
昼の大成功に加え、一緒に行動したボランティア高校生が手伝ってくれるということに、料理長にはゆとりが!!!
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僕は他の炊き出し班の状態を聞いたり、自称記者の取材を受けたり、避難所の方から情報収集してました。
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18:00〜
結局最後はばたつきながらも配膳開始!
ご飯取りにくる方が口々に口にするのは、
昼ご飯美味しかったよ。
また来てね。
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ありがとうございます。
またおかわりしていいっぺえ?
と、嬉しいことばかり。
疲れ始めた身体に気合いが入り、かなり元気を頂きました。
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夜は僕らも豚汁&白ご飯を食べることが出来、流石に200合のご飯は弱冠余ったものの、豚汁はボランティア高校生がすすりきってくれました笑
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片付けもそこそこに、今晩のメインイベント
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19:00〜
避難所の方々が毎晩行っているというカラオケ大会に参戦しました
最初に、僕らが今回来た理由や、今後も力を合わせていきましょうという挨拶をし、料理長のあきの紹介と挨拶を行い、開幕!
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僕は、愛は勝つを。
マイケルは、乾杯を熱唱。
小っ恥ずかしいかったけど、体育館の100人くらいの方が拍手で盛り上げてくださりました!
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その後、何人か避難所の常連の歌い手 が歌声を披露。
最後に、スペシャルゲスト風で、ミュージシャン兼ニートのいまっちが紹介され、ギターを持って登場。
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上を向いて歩こうを弾きながら歌い、最終的にはギター音無しで、避難所の皆の手拍子と歌声で体育館が響き渡りました!!!
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余韻を楽しみつつ、最後にチーム三河のりかさん発信で集まった一人一人へのハート形応援メッセージを避難所の方にお渡しして、大変喜んで貰いました。
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(今後も心のケアは大切だと思います。壁に貼れるような物だといつも見て貰えるのでより効果的かも)
僕らが体育館を出る時には一段と大きな拍手で見送ってくれました。
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20:00〜
再び片付け開始!
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余った材料は、久ノ浜で避難所でなく個人宅向けに作っているというボランティアの方に渡しました。
再び高校生に手伝ってもらいながら、片付け完了!
最後はボランティア皆で撮影大会。
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別れ際には、高校生ボランティアの中には眼から光る物が落ちてる人もいた程、感動的な濃い時間でした。
おまんらが居たから、四倉高校はかなり救われていると思うし、これからも頑張っていけると思ったよ。
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これからも力を合わせて行こうな!!!
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更に、こんな状態ですが、4/6には中学生の入学式が四倉高校では行われるということです。
他の地域に避難されていた方がどんどん戻ってきているようで、復興ムードです。
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ボランティア高校生もほとんどは、市外や県外から数日前に戻って来たようです。
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24:00〜
四倉支所の前のローソンにて車中泊、準備など。
夜は本気でマイナスまで冷えるので、預かっていた毛布をお借りしてしまいました。むちゃくちゃあったかかったです。ありがとうございます。
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〜現地後半〜
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4/5
7:00〜
ローソンオープンと共に起床。
むちゃ寒い。は
軽く食事を済ませ、四倉漁港へ移動。約5分。
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8:00〜
いまっちの漁港リサイタル開始
客は僕らのみ笑
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廃車になった車が並び、漁港の卸の場所は、完全な廃墟と化したが、いまっちの心の場所
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まるでプロモーションビデオの撮影の様にもみえた。
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僕は、四倉高校、四倉支所辺りは電波が悪かったが、ここはなんとか繋がる!ってことで、リサイタルをよそに、情報収集&発信に務めました。
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こっからいわき市で1番栄えているという平へ移動。約20分。
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10:00〜
平の競輪場へ。
いわき市全体の1番大きな物資の収集場所。バンク下や地下の駐車場はほぼ満タンに愛の物資が届いてます。
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ここには、ピーク時一日に150tもの物資が全国から届いたそうです。今は、30t程安定して届いているみたいで、届く量>出ていく量で、法人や団体以外の個人からの受付は基本してないです。
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チーム三河の僕らの話しをしたら受け入れできる物資はあるようだが、あんまり重宝されない現状。
行政のやり方は、大きい物資の収集場所に物資を集め、そこから均等になるように各地の支所に届け、そこから各避難所に配布している。
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しかし、少人数や個人レベルで足りてないところはまだあるため、ここに届けるより、物資の届いていない場所に直接届けるのが個人の役割だと思うし、そうゆう動きをしている場所に今回は届けることにしていた。
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とにかく、全国からこんなにもいわき市に物資が集まっていることに感動した。
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また、今回の仲間は皆、ピースボートの旅仲間ということもあり、ピースボートと平の競輪場の関係に興味がありました。
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Twitterで話題になった物資止めや、横領についての、調査も兼ねていたが、現地のスタッフや周りの人は全く知らない(興味ない )様で、結局、数日前の新聞にも出てましたが行政のやり方の批判及び、ガセネタだとおもいました。
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こっからあきの家、郡山へ、約90分かけて移動。磐越道やっぱしボコボコしてる。
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12:30〜
郡山市内の様子は、
地震によりショーウィンドが割れてたり、コンビニの物が買い占め?でやたら少なかったのと、いわきナンバーの車が多かった(海岸沿いの被災地から避難してきているそう)が、至る所に、かんばっぺぇー福島!とか頑張るぞ東北!とか貼り紙が多くて勇気付けられる場所でした。
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てか、風呂に入りたいよな!!!ってことで、磐梯熱海温泉へ。あきに市内案内して貰いながら30分の移動。
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13:30〜
磐梯熱海温泉
ひゃっほー
と、みんな貸切の風呂にダイブ!!!
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こんなにテンションMAXで風呂に入るのは初めて!!!三日振りの風呂に、みんな、最高に気持ちよかった様子。
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風呂入りながら、ここに避難所の方連れてきたら喜ぶだろな〜と、おもふ。
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→やれるとこまでやってみよう。風呂から上がり、すぐさま作戦会議を開催!
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15:00〜
食事しながら、避難所の方を温泉に招待しちゃおう作戦を考える!
福島県の温泉は今は観光客はこなくて経営厳しいだろし、バス会社も仕事少なくなってるだろうし、絶対避難所の方は喜ぶはず。
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昨日の避難所の方は、車を持っている人と相乗りで温泉行った時は最高だったと話をしていた。ってことは、行きたいけどいけてない人もいるし、僕らが全体に声掛けしたら反応するんじゃないか?
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ただ、これを行政に相談すると移動中の保険とかって問題も出てきそう。ま、まずはリサーチ!
ってことで、とんかつうえの、流石にうまかった。
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16:00〜
作戦決行!
すかさず先程入った風呂に戻り、交渉。かなり協力的だ。500円からタオル付きで300円に割引までしてくれるとのこと。ナイスおばちゃん!
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温泉側は具体的な日にちや単位(人数)が詳しく決まり次第いけそうだ。元々、郡山市に避難して居る方をそんな形で受け入れして居るようです。ちなみに、夜は、自衛隊が2交代制で使っており、今後は建築関係の人が長期で泊まりにくることになっており、通常営業時より繁忙期を迎えて居るようでした。
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あとは、避難所の方の意見確認と、バスとドライバーの手配。(後の情報で、55人乗りドライバー付きのバス1往復2万円で可能なとこありとのこと)
ただ、いわき市から1番近い温泉街がいわき湯本温泉だと気付き、そちらも電話で交渉。さっきより大きなキャパの風呂でオッケー取れた!ラッキー!
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また戻ったら詳しく煮詰めよう。
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次は、スクリーニング。郡山市の大型施設、ビックパレットに移動。移動30分。
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途中、道路が陥没している場所が有りました。ビビった!!!
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17:30〜
ビックパレット到着!!!
しかし、30分前にスクリーニング受付終了しましたとのこと。
なに〜。
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せっかくやしビックパレット中だけ見せてもらった。全国からの物資が集まっており、壁には横断幕が。頑張っぺぇ〜の文字。少し顔が緩んだ。
21時まで受付やってるという総合体育館に移動。15分。
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18:00〜
郡山総合体育館にて、スクリーニング検査。
一応一瞬だが、原発30キロ圏内まで突っ込んだことも有り、これから会う人への間接的な被爆もいけないと思い、チェック!
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三分。
問題無し。
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着ていた服や、リュックや中身もガイガーカウンターでチェックしてもらったが2マイクロシーベルト以下で、大気中と同じとか。良かった〜。証明書も貰って、一安心。
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ここで、あきといまっちとは郡山で解散することに。
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18:30〜
N5解散。
また集まる確率100%と誓い、まだ出会って二日も経ってない最強な仲間と別れて再出発!
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次は福島市のシュレッダーへ、物資のお届け。道にも迷い90分。
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20:00〜
シュレッダー到着。
時間遅くなってしまったにも関わらず、すっげえ雰囲気の良いお店と人達。この方達なら安心して現地に、被災された人に届けてくれる事と思った。
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すぐ明日南相馬市に行くから!と、バスに詰め込んでた。こちらでは、南相馬市や二本松市への物資の中継基地として、細かい情報までキャッチしてかなり小回り効かせて動かれている様子。
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みんな、ひかりで詰め込んだ梱包状態を褒めてました。流石です、チーム三河!ありがとうございます。
僕も栃木県で梱包や仕分けの手伝いしたから分かるけど、これだけの物資が一度に届くと、有難い反面、いろんな物が混ざって入っていたり、何がどれだけ入っているか解らないとかなり大変ですからね。
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店員と仲良くなり、YESティーシャツを頂き、これからご飯しようとしていた店まで案内してくれることになり、結局一緒に食事する事に笑
屋台村まで10分。
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22:00〜
屋台村のはぐちゃんの店へ。
はぐちゃんは、3/31の桑名の大嶋さんのチャリティーイベントにゲストで来ていた方です。
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県内ですでに15000食の炊き出しを出していて、今後の復興ビジョンを明確に持たれている方。
イベント当日スタッフしていたお陰で、はぐちゃんと仲良くなれた事に感謝!!!
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ここで話していた事は、こゆすぎてまた別途で報告します。
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その後、急いで帰らなきゃという事でしたが、皆疲れ果ててました。。。
今回の事を心に刻みながら、僕らにできる事を考えながら帰路につき、朝の8時に岡崎に着きました。移動8時間半。
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一緒に行った仲間の感想は、行って良かった〜。でした。
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被災地に行ける時間のある人は現地を見て、体感して欲しいです。
それから僕らのできる事を真剣にかんがえたいです。
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僕の勝手な妄想では、ニート最強伝説の始まりです(笑)
時間はないけどお金はある方は、時間があるけどお金が無いから現地に行けないという人を支援して欲しいです。
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専門知識のある人や、アイデアのある人や、人脈のある人は、知識やアイデアや紹介をお願いします。
メデイアに報道されなくなってきた時でも自分たちは忘れてない!
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そう言える仲間、現地の復興を願う方々と一緒にこれからも支援活動を続けて行きたいです。
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数年後に復興祭り!やったりましょう!!!
今後僕ら県外から出来ることは、物資を送るよりもよりも、短期的には炊き出し。
長期的には現地の復興に向けた手伝い(瓦礫の撤去など)など、人手を求めているように感じます。
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移動手段もハイエースか、無駄な交通費も考えるとエコカーが良いのかも。
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また、今回多くの支援金頂けましたが、実は11000円程、収まり利きませんでした〜。。。
前回と合計すると僕だけでも数万円程自腹をきってます。
ボランティアでやっているので当たり前かもしれませんが
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このまま自腹が増えると続けてゆくことが困難になってしまいます。
もしも、支援金を頂けるもしくは募集出来る方、転載頂いても構いませんので、
お願いできませんか!?宜しくお願いします。
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支援金に関しては、僕への直メールをお願いします。
(mattakumo-☆i.softbank.jp) ☆を@に変更してください。



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